「全体の奉仕者」にふさわしい公務の公正・中立性の確立を
――「加計学園」問題等の疑惑の徹底解明と制度の見直しを求める(談話)

【私たちの主張:私たちの主張】2017-06-06
2017年6月6日
日本国家公務員労働組合連合会(国公労連)
書記長 鎌田 一
 
1、安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の国家戦略特区での獣医学部の新設をめぐって、文部科学省前事務次官の前川喜平氏が「総理のご意向」として内閣府が文部科学省に獣医学部の新設を迫ったとされる文書の存在を認め、「行政が歪められた」事実を公表したが、それが真実であるならば、国家行政の有り様にもかかわる重大な事態である。
 国家公務員制度は、日本国憲法第15条第2項の「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」との規定にもとづいて、国家公務員法を中心に制度が構成され、国家公務員には公正・中立性を保持することが常に求められている。
 そのため、国家公務に携わる職員は、厳しい倫理規定や生涯にわたる守秘義務に忠実に従い、激しいバッシングにも耐え、低い処遇や長時間労働に甘んじながらも、政治家や大企業などからの圧力に屈することは許されず、公正で中立であることに日々腐心している。そこまでしても公務・公共サービスの公正・中立性にこだわるのは、自らの職務が国民の権利保障や安心・安全に直結しているという責任感と全体の奉仕者としての使命感からである。すなわち、これこそが国家公務員の矜恃であり、今回の事態は、憲法と国家公務員制度の根幹に関わる問題であるといえる。
 
2、前川前事務次官は、「加計学園」理事で当時の内閣官房参与の木曽功氏からの要請や内閣総理大臣補佐官で国家戦略特区担当の和泉洋人氏から官邸に呼び出され「総理が自分の口からいえないから私が代わって言っている」と要請されたことを公表している。
 そして6月3日付東京新聞のインタビューで官邸と省庁との関係について「役所の自律性、独立性が急速に失われてきた」「国家公務員のあり方をもう一度よく考え直してみる必要がある。われわれは志をもって国家公務員になっているのに、最近は一部の権力者の下僕になることを強いられることがある」と明言している。このことが事実であるとするならば、憲法で定められた「全体の奉仕者」という国家公務員の基本的性格が根底から覆される。
 しかし、政府の反応は、安倍首相は「印象操作だ」などと正面から答えず、菅官房長官は「怪文書」と切って捨て、証人喚問も再調査も頑なに拒み、何の裏付けもないまま「全く問題がない」「承知していない」「批判は当たらない」と繰り返すばかりである。そればかりか、人格攻撃さえも公式会見で行うなど、政府の反応は尋常ではない。前川発言は、一種の公益通報であり、制度の趣旨を踏まえるならば、政府は、通報者の保護はもちろん、事実関係の徹底した調査をすべきはずのものである。
 こうした政府の反応に対して、6月3・4日のJNNの世論調査では、「政府側の説明に納得できるか」の問いに72%が納得できないと答え、「政府のご意向文書の説明で、前川前事務次官と政府のどちらを信用するか」の問いに「前川前事務次官」が58%で「政府」はわずか19%だった。また、「前事務次官の国会招致について」の問いに70%が「国会で話を聞くべき」と答えるなど、政府の対応に国民は納得していないことが裏付けされた。
 さらに、「藤原内閣府審議官との打ち合わせ概要」とのタイトルで「官邸の最高レベルが言っていること」と記された文書が添付されたメールが文部科学省内で複数の職員で共有されていたことが明らかとなり、野党が再調査を要求したが、5日の衆議院決算行政監視委員会で松野博一文部科学相は、「出所、入手経路が明らかにされていない場合は、その存否や内容の確認の調査は行わない」などと信じられない理屈で批判をかわそうとしている。出所不明の場合は調査しないという理屈がまかり通るならば、都合の悪い事実や内部告発をもみ消すことが容易となり、国民の知る権利への重大な障害となる。公文書管理法では意思決定の過程について検証できるよう「文書を作成しなければならない」とされており、徹底した調査をすべきである。
 
3、前川前事務次官の一連の発言の背景にある行政に対する政治の圧力については、「森友学園」問題と相通ずるものがある。「森友学園」問題では、国有地売却にかかわって財務省当局が過剰な配慮を行っていたとの疑惑が指摘された。また、土地取引に首相夫人の関与も指摘され、政府は一方的に首相夫人は「私人」であると閣議決定したが、首相夫人に「公人」用の公用外交旅券を発給していたことや、一般職の国家公務員を公務として常勤配置して、選挙の応援や私的活動にも同行させていたことが明らかとなり、「公私混同」「公務員の私物化」などと指摘された。
 それでも政府は、一連の疑惑に対して「問題がない」「承知していない」で切り抜けたと考えているが、世論は決して納得などしてはいない。むしろ「加計学園」問題での「公務の公正・中立が歪められているのではないか」、「政治や行政を私物化しているのではないか」という国民の疑念につながっている。
 
4、「森友学園」問題にしろ、「加計学園」問題にしろ、国家公務員が「忖度」したのではないかと指摘されているが、円滑な行政運営や施策の企画立案などで政権や上司の気持ちを忖度をすることはあっても、不正行為と指摘されるような役割を忖度だけで国家公務員が実行することは通常考えられない。むしろ、具体的な政治の指示・圧力が存在すると考える方が自然である。
 政治の圧力が事実であるとするならば、国家公務員制度のあり方が問われる問題であり、行政に対する信頼が揺らぎ、多くの職員の誇りと働きがいに多大な影響を及ぼしかねない。
 現在の公務員制度は、大企業・財界が政権への影響力を強めている状況のもとで、その意向を反映しやすい制度へと変わりつつある。
 2001年1月の中央省庁再編では、各府省の上位に内閣府という行政機関が設置され、政権の意向が内閣府を通じて各府省に示されるなど、各府省の自律性が弱まったと指摘されている。
 人事管理では、2009年10月から実施された人事評価制度で、短期の評価が給与や昇任・昇格に直接影響するため、評価者である上司の顔色をうかがうようになり、行政の質の変化が懸念されている。また、2014年5月に設置された内閣人事局のもとで、幹部人事の一元管理として内閣官房長官による幹部人事の適格性審査が行われ、時の政権による恣意的な人事配置が可能となっている。さらに、特定秘密保護法により、2015年12月から全面実施されている適性評価で思想信条やプライバシーまでもが調査の対象とされることとなった。
 そのため職員は、「全体の奉仕者」としての使命を自覚しつつも、国家公務員法第96条の「職務専念義務」や第98条の「上司の命令に従う義務」などに縛られ、結果として政権の意向に従わざるをえない現実がある。
 国公労連は、これまでも、政権に権限を集中させて、必要以上に職員を監視・管理下に置くことは、公務員を萎縮させ、政権に対する多様な意見反映が困難となり、公正・中立な公務の運営が損なわれる危険性が極めて高いと再三指摘してきた。
 
5、 政府は、国民の疑念を、曖昧なまま放置することなく、徹底的に調査を行い、真相を解明して、公務の公正・中立性の確保と行政の信頼を確保するためにあらゆる措置を講ずるべきである。
 同時に、公正・中立性を歪めてしまう恐れのある国家公務員制度上の瑕疵については、制度の再構築を含めて徹底的に見直し、直ちに改めるよう最大限の努力をすべきである。それこそが、公正・中立で民主的な運営を可能とし、国民の権利保障機能を高めて、行政の信頼を確かなものにすることにつながると確信する。